セラピストになるまで

2007年、30代後半になってから、他業種からセラピストに転向しました。

「温かい手」を始めたのは、セラピストになる前までにしてきた経験の影響も大いにあるので、

皆さまを触らせていただく施術者がどんなバックグラウンドを持っているのか、ご参考になればと

あえて「セラピストになるまで」のことを簡単に書いてみました.

(それでも少し長くなってしまいましたが…💦)


1968年、静岡県牧之原市に生まれる。

高校時代は、剣道部に所属。

「進路?将来の夢?うーん、『探検できる仕事』がしたいかな…→フィールド・ワークってやつ、面白そう!じゃ、文化人類学だ!」

みたいな、何とも短絡的な発想で、かの山口昌男氏がいるという東京外国語大学に進む。

将来アフリカを探検するつもりで、フランス語を専攻語に。

(しかし、山口昌男氏は学部ではなく、付属のアジア・アフリカ研究所の所属だった!授業が受けられるわけではないと知り、入学してからがっかり…)

気を取り直して、未来の探検に備えてアウトドア技術を身につけようとワンダー・フォーゲル部に入部。

山に登ったり、バイクに乗ったり、バックパッカー旅行をしたりしているうちに、「写真やろうかな」と思い始め、4年生になって夜間の写真学校に通い始めました。

「写真を仕事にできれば、いろんなところに行けそうだ」と、これまた単純な発想から始めた写真でしたが、やっていくうちにその深みにはまり…

六本木アートセンターでのスタジオマンを経て、フランスの写真学校に一年間研究生として留学。

南仏の、アルルという古い街で一年間を過ごしました(1994-95年)。

帰国後、北青山にあった写真のギャラリーにてアシスタント。
展示やセミナー・ワークショップ関連の業務に携わりました。

四谷三丁目にあった写真専門書店&ギャラリーが設立した「写真図書館」にて、ファイルメーカーを使った蔵書のデータベース化に携わりました(1998年-2000年)。

1999年、がんで、父が他界。
実家を手伝うため一旦静岡に戻りましたが、妹がDTPの仕事を紹介してくれ、一年後に帰京。

それが一段落した後、偶然派遣で見つけた、ファイルメーカーによるDB開発の仕事。

任されて、独学してかなりがんばった仕事で、大変だったけれどDB開発に面白さを見出しました。

38歳にして、その道のプロになる決心をして専門の会社に入ってみたものの、結局業界に適応できず、挫折。

転職せざるをえない状況になって、失意の中で「さて、これから何をして行こう…」と考えたとき、

何となく、自然に浮かんできたのが、「ボディワーク」。

「そうだ、身体をケアする仕事をしよう!」…と、背水の陣でネット検索二時間後…

「施術する側もされる側も元気になる」ダブルヨガであり、「世界でいちばん気持ちいい」といわれるタイ古式マッサージを発見!

今まで受けたこともなかったのに、「コレ!」と決めて、飛び込みました。

そして、やっとここから「セラピストとしての」略歴に移れます!!w