父の日に

父と、病室で。

1996年秋、大きな大腸ガンが見つかって、緊急手術をした時(する前?)。

 


 

この後2年ほど順調に過ごしていたのですが、

1998年の4月に膵臓への転移が見つかり、

それまで、とても元気で丈夫な人だったはずなのに

あれよあれよという間にやせ細り、

1999年、年が明けて間もなく、逝ってしまいました。

享年63歳でした。

 

 

夏のボートの会に一緒について行った後、

ますます痩せて、体力が落ちて動けなくなっていく父の様子を母から電話で聴きながら、

なかなか飛んでいけなかった。

自分の仕事のこともあったけど、強くて逞しかった父が弱っていく姿に直面するのが、なんだか怖かったのかもしれません。

 

それまで「写真」を一生懸命やってきたけど、父を「蘇らせる」ためには

何の役にも立たない気がしていました。

 

何かしたいのだけど、できない。

どうしたら父の役に立てるのかわからない。

奇跡を起こしたいのに!

 

12月25日の早朝、父が低血糖のためトイレで動けなくなって入院したという電話が入り、静岡に飛んで帰りました。

何もできない無力感を抱えながら、ただ一生懸命、一緒にいました。

目を皿のようにして父の姿を視界にとらえ続け、

父と一緒にいた時間と空間の記憶だけでも残せればと、

シャッターを押し続けました。

ちょっと強引なツーショット。

 

動けなくなってからの年末年始を挟んだ二週間はベッドに寝たきりで、

体力が落ちすぎて、自分の腕や脚を動かすことも大変だったみたいです。

言葉もうまく出なくなって、とても歯がゆかっただろうな。

 

ベッドサイドに付き添っていた時、ふと足先に触りたくなって、ちょっと動かしてみたら、

父がすごい勢いで「もっとやって!」と懇願してきました。

「もっと大きく動かしてみて!」

その勢いにびっくりしたけど、ちょっと膝の下を腕で支えながら脚を持ち上げて、

「こう?こう?」って必死に

股関節を動かすようにしてあげたら、

「気持ちいい、気持ちいい、もっと、もっと!」と、ものすごく喜んでくれたのです。

 

身体を自分で動かすこともできずに、ずっと横になっていると、

なんだか、「身の置きどころがない」感じになってきて、すごくつらいんだと。

 

こうやって脚を動かしてもらうと、なんだか「生きてるって感じがする」んだって。

 

看護師さんが処置にくる時間になったので、その時はそれで終わりになりましたが、

その後再びやった覚えはないから、その夜から昏睡状態に陥ったのかもしれません。

 

思えば今も、あの時と同じようなことをやっています。

 

セラピストに転職した時にはすっかり忘れていたけれど、

何年かして、ご高齢の方を施術していて、

あの時の父と同じような反応に出会うことがよくあることに気づき、

 

それらの経験からもたらされた直観から、「グラウンディング」についての探究を深めていくことになりました。

 

あの時の、父の「ああ、助かった…」みたいな、心底安堵したように発せられた声が、

私を今に導いてくれていたのだなあ、っていうことへの感謝の気持ちを、

「父の日」の今日、あらためて噛みしめています。

 

「パパ、ありがとう😊✨」